Hemshin · Համշէնցի

ヘムシン人とホムシェツィ語

トルコ北東部の黒海沿岸に、アルメニア系の出自を持つムスリムの人々が暮らしています。 彼らは「ヘムシン人」と呼ばれ、その一部は今もアルメニア語の一方言を話し続けています。 アルメニア世界の周縁にある、複雑で興味深い集団です。

リンクをコピーしました

ヘムシン人とはWho are the Hemshin

ヘムシン人(トルコ語で Hemşinli、アルメニア語で Համշէնցի / Hamshentsi)は、 主にトルコ北東部のリゼ県・アルトヴィン県を中心とする黒海沿岸山地に暮らす人々です。 歴史的にはアルメニア系の出自を持ちますが、オスマン帝国期にイスラームに改宗し、 現在はムスリムとしてトルコ社会の一部を形成しています。

「アルメニア系でありながらムスリム」というこの位置づけが、ヘムシン人を理解する最大の鍵です。 アルメニア使徒教会を信仰の柱としてきた多くのアルメニア人とは異なる道を歩んだ集団であり、 アイデンティティのあり方も一様ではありません。

ヘムシン人自身の自己認識は多様です。「トルコ人である」と考える人、「アルメニア系のルーツを持つ」と認識する人、 「ヘムシン人という独自の集団だ」とする人など、立場は分かれています。 外部から単一のラベルを当てはめることは適切ではありません。

東と西、2つのヘムシンTwo Groups

ヘムシン人は大きく2つのグループに分けられ、言語の状況が大きく異なります

西部ヘムシン(バシュ・ヘムシン)

リゼ県を中心に居住。母語はトルコ語で、アルメニア語の方言はすでに失われています。 アルメニア系の出自は歴史的な記憶として残る程度です。

東部ヘムシン(ホパ・ヘムシン)

アルトヴィン県ホパ周辺に居住。ホムシェツィ語(アルメニア語の一方言)を 今も話す人々がいます。言語を保持している唯一のグループです。

つまり「ヘムシン人=アルメニア語を話す」わけではありません。 言語を保持しているのは東部(ホパ)の集団に限られ、しかもその話者数も減少傾向にあります。

ホムシェツィ語Homshetsi Language

ホムシェツィ語(Homshetsi、Homshetsma とも)は、 東部ヘムシン人が話すアルメニア語の一変種です。言語学的には 西アルメニア語に近い方言と位置づけられます。

ただし、長くトルコ語圏で使われてきたためトルコ語からの借用語が非常に多く、 標準的な西アルメニア語の話者がそのまま理解できるわけではありません。 また、アルメニア文字ではなくラテン文字(トルコ語式)で書かれることが一般的です。

話者は主に高齢層に偏っており、若い世代はトルコ語を母語とする傾向が強まっています。 UNESCOは、消滅の危機にある言語としてこの言語を位置づけています。

ホムシェツィ語は記述資料の限られる少数言語です。本サイトの解説は Bert Vaux による専門的な記述(2007年)に拠り、表記も同氏の定めた正書法に従っています。 綴りや解釈に誤りを見つけられた場合はお知らせください。

歴史の背景Historical Context

ヘムシン人のルーツは、中世に黒海沿岸の「ハムシェン(Համշէն)」と呼ばれる地域に定住した アルメニア人にさかのぼるとされます。地名「ヘムシン」自体がこの語に由来します。

オスマン帝国の支配下で、17〜18世紀頃にかけて段階的にイスラームへの改宗が進みました。 改宗の経緯や動機については研究者の間でも議論があり、単一の説明で語ることはできません。

改宗によってヘムシン人は、20世紀初頭のアルメニア人迫害の対象からは(多くの場合)外れました。 一方で、アルメニア系のルーツを公然と語ることは長く難しく、 その歴史は近年になってようやく研究・議論の対象となりつつあります。

文化Culture

ヘムシン人は、黒海沿岸の山岳地帯における高地牧畜(ヤイラ文化)で知られます。 夏に高原の牧草地へ移動して家畜を放牧する生活様式は、今も一部で続いています。

また、トゥルム(tulum)と呼ばれるバグパイプの一種を用いた音楽と踊りは、 黒海地方の文化を象徴するものとして広く知られています。 製菓の技術に長けた人々が多いことでも知られ、トルコ各地の菓子店にヘムシン出身者が携わってきました。

さらに学ぶにはResources

ヘムシン人とホムシェツィ語について、より正確に知りたい方へ。

このページは入門的な紹介です。ヘムシン人をめぐる歴史とアイデンティティは 現在も議論が続く繊細なテーマであり、記述には慎重を期しましたが、 より深く知るには専門的な研究にあたることをおすすめします。