Homshetsma Grammar

ホムシェツィ語文法

不定形はすべて -uv、疑問文には ta、完了形の助動詞は「持つ」。標準アルメニア語との違いを軸に、この言語のしくみを見ていきます。

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このページについてAbout

ホムシェツィ語の文法の要点をまとめます。 アルメニア語をある程度学んだ方が「どこがどう違うのか」をつかめるよう、 標準的な西アルメニア語(SWA)・東アルメニア語(SEA)との対比を中心に構成しました。

東部方言(アルトヴィン県)と北部方言(ジョージア・ロシア)で形が違う場合は、 と記して区別します。

音の特徴Phonology

西方言型の有声化

古アルメニア語の無気無声閉鎖音が有声音になる、西方言に共通の変化を受けています。 ホムシェツィ語が西グループに属すると判断される最大の根拠です。

ホムシェツィ語共通アルメニア語意味
badպատ pat
dağaտղայ tġay男の子
dzomuvծամել tsamel噛む

鼻音の前で a → o

この言語をもっともよく特徴づける音変化です。鼻音(m・n)の前の ao になります。 アルメニア語の համար(hamar・〜のために)が (h)oma に、ճանկ(çank・爪)が cong(ひとつかみ)になっています。

あいまい母音の行方(東部)

アルメニア語の ը[ə]が、東部方言では e に変わります。 ただし x・ğ の前では a になります。

西アルメニア語東部ホムシェツィ語意味
դնել t'neltenuv置く
շունս şunsşunes私の犬
աստղ asdġasdağ
բեխ bexbax口ひげ

t の前で r → v(北部)

北部方言だけの変化です。東部の mart(人)・gartuv(読む)・ gertas(行く)が、北部では mavtgavtuvgevtas になります。

子音の入れ替わり(東部)

語末の「閉鎖音+流音」の並びが入れ替わる傾向があります。借用語にも及びます。

もとの形東部ホムシェツィ語意味
տագր taygrdark夫の兄弟
տարգալ targalkedalスプーン
հաւկիթ havkit'hagvit
北部の一部(マラ村)には、他では失われた有声帯気音 [bʰ dʰ gʰ]が残っています。マラの bhon(もの)・ dhus(外)は、東部キョプリュジュでは pontus となり、無声帯気音に合流しています。

名詞Nouns

指示の接語 -s / -d / -n

これはホムシェツィ語のもっとも際立った古形です。 共通アルメニア語の接語 -s / -d / -n は本来、 話し手の近く/聞き手の近く/どちらからも離れていることを表す指示の標識でした。 古典アルメニア語ではこの意味で使われています。

ところが現代の諸方言では、これらは所有(私の/あなたの/その人の)の意味に変わってしまいました。 西アルメニア語の տեղս は「この場所」ではなく「私の場所」です。

ホムシェツィ語は、現代方言のなかでほぼ唯一、本来の指示の意味を保っていますas oives は「私の羊飼い」ではなく「この羊飼い」です。 ただし指示詞を伴わない場合には所有の意味にもなり、 keralluğes は「私の王国」です。

西方言と同じく、場所を表す専用の格を持ちません。 東アルメニア語が場所格 -ում を使うところを、 ホムシェツィ語は主格・対格または属格・与格で表します。

奪格の語尾は西方言型の 系で、 東部では -a、北部では となります。 「人から」は東部 marta、北部 mavtä。 東アルメニア語の -ից とは形が違います。

対になった体の部分

他のアルメニア語では複数の意味を持つ açvi(目)・ unkvi(眉)といった形が、東部ホムシェツィ語では単数を表します。 複数にするには、通常の複数接尾辞 -niye を付けます。

単数複数意味
açviaçveniye
unkviunkveniye

動詞Verbs

不定形はすべて -uv

アルメニア語の他のどの変種とも違う、最大の特徴です。 通常アルメニア語の不定形は -ել / -իլ / -ալ などに分かれますが、 ホムシェツィ語は語幹の種類にかかわらず -uv ひとつを付けます。

活用そのものは西方言と同じく4つの類に分かれており、 現在形などでは母音の違いが現れます。不定形だけが揃っているという形です。

2人称単数現在不定形意味
-e-genesenuvする
-i-gelliselluv〜である
-a-garta gusgartuv読む
-u-mednu gusmednuv入る

現在・未完了の g- / -gu

西方言に共通する未完了の標識 կ(ը) を使いますが、 置き方に独特の規則があります。 母音で始まる動詞には前に g- を付け、子音で始まる動詞には後ろに -gu を付けます。 「する」は g-enim、「彼らはとどまる」は menon-gu です。トラブゾン方言と共通する特徴です。

さらに東部方言では、この -gu人称語尾の内側に入り込むことがあります。 「私は話す」は xarbim gu とも xarbi gum とも言えます。 アルメニア語の他の変種では、この標識は必ず動詞全体の外側に付きます。

アオリストの e- 接頭辞

印欧語の時代にさかのぼる古形です。印欧祖語は未完了を作るのに語根の前に e- を付けました。この接頭辞は古典・中世アルメニア語には残っていましたが、 現代の標準語では完全に失われています。

ホムシェツィ語はこれを保っています。「運んだ」は epi。 さかのぼると印欧祖語 *ebheret、古典アルメニア語 եբեր に連なります。 しかも中世アルメニア語と同じく、本来この接頭辞を取らなかった動詞にも広がっています。

不定形アオリスト(3人称単数)意味
toğuvetoğ残した
ponuvepats開けた
devuveed与えた
eguveev来た

完了に「持つ」を使う

他動詞の完了形で、助動詞に「ある・いる」ではなく「持つ」を使います。 東部の giadzuim は「私は食べたことがある」。 自動詞では「ある」を使い、「男の子は眠った」は dağan kun ağadz a となります。

この使い分けはヨーロッパの言語では珍しくありませんが、 アルメニア語ではホムシェツィ語と隣接するホドルチュル方言でしか確認されていません。

進行形に「持つ」を使う

北部方言の一部では、進行の意味も「持つ」で表します。 bherim guni(私は運んでいる)、 bhereyı guni(私は運んでいた)。

北部ヤニク方言はさらに独特で、不定形+「ある」の3人称単数という形を作ります。 imıs eguv ä(私は行くところだ)。 主語には所有代名詞が立ちます。

未完了の2人称語尾

共通アルメニア語の *-ir が音の入れ替わりで *-di となり、 東部では -di、北部では -yd(ı) になりました。 東部 kiedi gu(あなたは書いていた)、 北部 xoseydı(あなたは話していた)。 複数形でも同じ入れ替わりが起きています。

未来形

現在分詞 -oğ に人称語尾を付けて未来を表す、 ホムシェツィ語独自の作り方です。 gebçuv(始める)から gebç-oğ-um(私は始めるだろう)。

疑問文Questions

「はい/いいえ」で答える疑問文には、文末に ta(北部ヤニク方言では )を置きます。 garkevadz es ta は「結婚していますか」です。

一方、疑問詞のある疑問文には ta を付けません。 「何がおかしいのか」にあたる文では ta は現れません。 この使い分けは、日本語の「〜か」とも英語の語順倒置とも違う、独立した仕組みです。

どこから来たのか

ta は共通アルメニア語の թէ(t'e・〜かどうか)に由来します。 本来これは従属節で「〜かどうか」を導く語でした。 ホムシェツィ語とホドルチュル方言は、この語を主節にまで広げたのです。

背景には、地域の優勢言語であるトルコ語の存在があります。 トルコ語には -mi / -mı / -mu / -mü という疑問の接辞があり、 「行きましたか」は gitti mi? です。 同じ圧力を受けた他のアルメニア語方言は、トルコ語の接辞をそのまま借用しました (トラブゾン方言の unis mi「持っていますか」)。 ホムシェツィ語とホドルチュル方言は借用せず、 自分の語彙のなかにあった「〜かどうか」を転用したという点が興味深いところです。

語彙Lexicon

東部と北部の違い

北部東部意味
sartsaxud山・森
hosuv / xosuvxarbuv話す
alavelialaveniもっと
yeçいいえ・〜ない
merelnetsmazarlux墓地

標準語と形が違う語

東部ホムシェツィ語西アルメニア語意味
galavհով / քամի
soyլաւよい
pobuvհասնիլ着く
terçuvվազել走る
takidumհաւանօրէնおそらく

意味がずれた語

同じ語源でも意味が変わってしまったものがあります。

トルコ語から動詞へ

借用語が動詞になった例があります。 東部で「話す」を意味する xarbuv はトルコ語の haber(知らせ)から、 kerfuv(ののしる)は küfür から来ています。

失われた古い語が、人名のなかに化石のように残っていることもあります。 東部の女性名 Pompuv は、現在では意味を持ちませんが、 音の変化をさかのぼると古典アルメニア語の բամբիշն (bambimn・王妃)にたどり着きます。 これは中世イラン語からの借用語で、さらにアヴェスタ語の「家の女主人」に由来します。

出典と引用についてSources & Attribution

このページの内容は、次の研究に全面的に拠っています。
Bert Vaux, “Homshetsma: The language of the Armenians of Hamshen”, in Hovann H. Simonian (ed.), The Hemshin: History, Society and Identity in the Highlands of Northeast Turkey, Routledge, 2007, pp.257–278.

どのように引用しているか

本文は原典の翻訳ではありません。日本語話者に向けて構成を組み直した要約です。 原文からの逐語的な引用は行っていません。

掲載している語形・意味・音対応・活用形などの言語データは、 同章に示された資料に基づきます。また、系統上の位置づけ、 疑問の小辞 ta の由来、不定形 -uv の独自性といった分析上の主張は、 すべて Vaux 氏の見解であり、本サイト独自の説ではありません。

同章には東部・北部両方言で書かれた手紙と民話が収録されていますが、 これらのテキストは転載していません。 まとまった表現としての著作物にあたるためです。原典でご覧ください。

節ごとの参照箇所

内容参照ページ
3つの集団、言語の概況pp.257–258
正書法p.258
西アルメニア語方言群としての特徴pp.259–260
ホドルチュル方言との共通点(完了の「持つ」、疑問の ta)pp.261–262
トラブゾン方言との共通点(g-/-gu、進行の「持つ」)pp.262–264
古形(e- 接頭辞、u 活用、指示接語 -s/-d/-n)pp.265–267
独自の変化(鼻音の前の a→o、未来形、不定形 -uv)pp.267–270
東部方言と北部方言の違いpp.270–273
日常表現p.273

基礎資料

Vaux の章はさらに、Հ. Աճառյան(アチャリャン, 1947年)による北部方言の記述と、 Georges Dumézil(デュメジル, 1964年ほか)による東部方言の記述を基礎資料としています。 音韻論・形態論をより詳しく知りたい方は、これらの原典にあたってください。

ラテン文字による表記は、上記の章で定められたホムシェツィ語正書法に従っています。 これは1995年に Vaux と母語話者が共同で作った、トルコ語のアルファベットを基にした表記法です。 ホムシェツィ語には伝統的な正書法が存在しないため、資料によって綴りが異なる場合があります。
本サイトの記述は日本語話者向けの紹介であり、専門的な記述を置き換えるものではありません。 要約の過程で生じた誤りがあれば、それは原典ではなく本サイトの責任です。 綴りや解釈に誤りを見つけられた場合は、 お問い合わせからお知らせいただけると助かります。